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えぷりショートショート「小さな勇気」作:渡辺ことり

脳をくすぐる3分間。愛媛在住作家さんによる、えぷりへの書き下ろしショートショートを毎週公開します。

〝愛媛〟をモチーフにしたショートショート(短文小説)を毎週ご紹介します。
今週は、渡辺ことりさんの作品です。



小さな勇気

「こんなに、とろくさい司会は初めてやわ」
「はっきり言うて段取り悪すぎ」
「うちらを舐めとるん?」

3人の子供会役員が、呆れたような目で私を見ている。
今日は子供会初のミーティング。ここは公民館の会議室だ。
隣の座敷では、子どもたちの喧嘩が勃発、泣き叫ぶ声に気が焦る。
全部新米会長の私のせいだ。
ミーティングの仕切り方がわからずに、随分時間を食ってしまった。

「すみません。次は頑張りますけん」

私はポリポリと頭をかいた。
この1ヶ月で必死に覚えた、付け焼き刃の伊予弁と、「私は無害です」アピールの笑顔。
その効果は抜群で、案の定、3人の空気が一気に和らぐ。

「しゃーないな。次はちゃっちゃと終わらせてや」
「子育て中の1時間は貴重なんやから」

捨てぜりふを残し、3人組は子供を連れて去っていく。
小学4年生の娘が私の近くにやってきた。

「ママの笑い方、すごく変だよ」

そういう彼女は、どこか怒っているように見えた。

「え? どこが?」
「嘘くさい」

娘はスタスタと去っていく。

「ちょっと待って。どういうこと?」

私は慌ててその後を追った。


「あんた、引っ越してきたばっかりやから、まだ友達がおらんやろ。子供会の役員になったらええわい。会長がおすすめよ。一番楽ちんなポジションや」
「そうそう。書記や会計と違って、責任もないし」
「困った時は助けてあげるけん」

子供会役員の3人組に口説かれたのは、1ヶ月前のこと。
リーダーシップなんて、これっぽっちも持ってない私が、大役を引き受けてしまったのは、「友達」という言葉にひかれたからだ。
離婚して東京から愛媛にやってきた。
夫は私のママ友と浮気をし、私と娘は、家族と友達を一気に失った。

「女性のストレスオフな県」。

そんなキャッチコピーだけを頼りに移住を決めた、知り合いが一人もいない場所で、友達になろうと言ってくれる人が現れた。
私にとって突然アパートにやってきた彼女たちは、救世主だった。


アパートに帰宅して、作り置きのカレーを食べた後、私は早速、引き継ぎ書を開いた。

「お楽しみ会、出し物、前日までに用意するもの……」

手書き文字を音読していると、テレビを見ていた娘が不思議そうに話しかけてきた。

「何をしてるの?」

公民館では損ねていた機嫌が治っている。
私はほっとしながら、テーブルに置いていたスマホを持ち上げ、録音アプリを娘に見せた。

「ママ、文字を読むのが苦手なの。だから、小学校の頃から自分の声を録音して、耳で聞いて覚えてたんだ」
「それって、病気?」
「ううん。記憶力の問題。 短期記憶が弱いの」

だからミーティングの直前に子供会の引き継ぎ書を渡されて、すぐ理解できなかった。
もし事前に目を通していたら、対処できたと思う。誰の責任でもないけれど。

「ねえ、ママ。スマホ、買って」

娘の発言に、私は内心驚いた。
彼女は今までスマホにもゲームにも全く興味がなかった。
「スマホなんていらない。本が欲しい」
何度そう言われたか。
私なら、人と話を合わせるために、流行り物にはまず飛びつく。
娘は私と違ってマイペースなのだ。

「ええ。明日、一緒に買いに行こうね」

私は心の中で小さな喜びをかみ締めていた。
娘も変わろうとしているのだろう。自我を貫くだけではいつか行き詰まる。
時には朱に交わることも大切だ。私は彼女の小さな変化を歓迎した。


2回目のミーティングがやってきた。

「会長、記憶障害なん? 大変やねえ。うちの息子が言よったわい」

いきなり副会長に話をふられ、私は、一瞬意味がわからなかった。

(そうか。娘が教えたんだ)

ハンデがあるとわかったためか、副会長は、この間とは打って変わって、優しげだった。
娘の何気ない行動に感謝する。

ミーティングは滞りなく進んだ。
耳の学習が効いているのだ。ところが後半になり、雲行きが怪しくなる。

「というわけで、買い出しの日にちを決めたいんですが」
「そりゃ、会長の仕事やろ。一人でちゃっちゃと済ましてや」
「え? そうなんですか?」

意外だったので、私は思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
深い意味はなかったが、反逆と受け止められたらしい。
副会長の目が、威嚇するように細められる。

「私らフルタイムで働きよるんよ。パートのあんたみたいに暇やないんで。それともなんか文句ある? 言いたいことがあるんなら、ちゃっちゃとお言い!」

すごい剣幕だ。多分私が、また何かやらかしたのだろう。
夫もいつも「お前はバカだ」と怒っていた。
私は人をイラつかせる天才なのだ。
スマホを手に、こちらを見ている娘の姿が目に入った。
彼女を三役の息子たちが取り囲んでいる。
紅一点の彼女は騎士に守られたお姫様に見えた。
彼女は着実に仲間を増やしている。
私がうまくやらなければ、娘に新しくできた友達を、また奪う羽目になる。

「いえいえいえ、滅相もないですけん!」

私は慌てて笑顔を作った。

「準備はきっちりしますから、本番は助けてくださいね。私、アドリブに弱いですけん」
副会長はにっと笑った。

「任せとき。あんたのフォローはうちらがする」
「よろしくお願いします!」

私は深々と頭を下げた。

私はイベントの準備を一人でこなした。
黙々と。
そしてそれはずっと続いた。


梅雨がすぎ、夏が終わり、枯れ葉の舞い散る季節が訪れて。
子供会のメインイベント、秋祭りのシーズンがやってきた。

本番前の一週間は、子供会、町内会総出で毎日公民館に出ずっぱり。
いつもは下働きを嫌がる3人組にも、今回ばかりは担当を割り振らねばならない。
ところが、本番目前でトラブルが起きた。

「図書券が足りんのやって。まだ間に合うと思っとったんやけど。どうしようか」

書記にそう耳打ちされ、私は青ざめた。

「何枚足りないんですか?」
「300」
「えっ」

図書券は祭りの後の御褒美だ。ないと子供たちががっかりする。
心臓がバクバクしていたが、近くにいる娘の姿が目に入り、気分を立て直した。
平常心が何より大事だ。きっと書記も落ち込んでいる。
ポーカーフェイスなので分かりづらいが、このままでは浮上できないだろう。

「大丈夫ですよ〜。なんとかなりますけん。松山以外の店に電話してみますね」

ふにゃっとした笑顔を向けると、書記は笑顔を返してくれた。
実際に、何店か電話をかけてみれば、必要な枚数を確保することができた。

(良かった……)

と、今度は町内会長が血相を変えてやってきた。

「さっき警察から電話があったで! 道路使用許可証、取りに来てないて。なんしよんぞな!」
「えっ!」

許可がないと、祭りは中止だ。
私は申請担当の副会長に目線を向けた。
す、っと視線をそらされる。

(忘れてたんだ)

事情を把握した私は、町内会長に頭を下げた。

「すみません……今から取りに行きますから」
「もう済んだわい!」

町内会長は、ポケットから許可証を取り出すと、机の上に叩きつけた。

「ありがとうございます!」
「ふん!」

町内会長は腕を組み、ブツブツ文句を言いながら帰っていく。

(良かった……)

私はへなへなと、その場に座り込んだ。
部屋の隅に娘がいて、ビニール袋にお菓子を詰めながら、じっと私を見つめている。
首にはスマホが垂れ下がっていた。
家の中では充電器に挿しっぱなしだが、公民館ではよく触っている。

(かっこ悪いとこ見せちゃったな……)

娘だけじゃない。ここに集まっている町内会の人たちは、きっと、頼りない会長だと思っただろう。
実際その通りなのだけれど。

「会長、会長」

廊下から、3人組が手招きした。
立ち上がってそちらに向かう。

「さっきはお疲れさん」

書記が缶コーヒーを渡してくれた。

「なんなん、あの町内会長。ハゲの癖にえらそうぶって」と会計。
「人間誰だって間違いはあるのになあ。気にせられんよ」

副会長が言う。
あれ、とかすかな違和感を覚えた。まるで自分は無関係とでも言いたげな口ぶりだ。
しかし、初めて見せてくれた優しさと、試練を乗り越えた充実感で、すぐ頭の中から消えてしまう。

「さあ、仕切り直しや。お祭り、絶対に成功させるで!」

副会長がウインクしてきた。
私は笑顔でうなずいた。気分が高揚してくる。
こういう、人と人との温かいふれあいに、ずっと飢えていた。
娘が、騎士たちと笑いあっている姿が見えた。
彼女に一足遅れて、私にもようやく友達ができたみたいだ。

奇妙な雰囲気は、祭りが終わった直後から漂っていた。
3人組の顔から笑顔が消え、話しかけても答えてくれない。
そして、町内会合同の打ち上げで、3人が私と離れた場所に座ったことによって、違和感は不安へと変わっていった。

「本当にすみませんでした〜。道路申請許可、うちの会長が忘れてて……会長、ちょっと天然なんで、許してあげてくださいね」

副会長が町内会長に言い放った言葉を聞き、私は自分の耳を疑った。

「図書券も危なかったしなあ。ハラハラしたわい」

書記も追従し、会計がにやにや笑う。

「ちょっと待って……あれ、でも」

いつもの癖で、笑顔が浮かぶ。しかし、すぐに崩れるのがわかった。
泣き笑いだ。これでは娘にまた、「嘘っぽい」って言われてしまう。

「あの、担当って誰でしたっけ……」

あえて、そう聞いてみた。
自分たちの口から、本当の事を言って欲しい。
最後の望みに賭けていた。

「あんたよ。それぐらい覚えとき!」

副会長が私を一喝した。

「ち……が……違います……」

さすがに黙っていられなかった。

「……わかった、わかった。そういうことにしてあげよ」

3人が、「また始まった」と言わんばかりに笑い合う。
町内会長は、不機嫌そうな顔で酒を飲んでいる。
警察に呼び出された時の怒りが蘇ったのだろう。
私を疑っているのは、目つきでわかった。
そりゃそうだ。こんなあからさまな嘘、示し合わせているなんて、誰だって思わない。

フッと体中の力が抜ける。
私が我慢すれば、取りあえずこの場は丸くおさまる。
どちらも小さな嘘だ。私の名誉が大きく損なわれたわけじゃない。
町内会長だとて、一晩寝たら忘れてしまうだろう。
どちらが本当の事を言っているかなんて、関心があるのは私だけだ。

でも、私の気持ちは?
こんな気持ちを抱えたまま、目の前のこの人たちと、友達付き合いを続けていられるの?

「ママ」

娘が私に声をかける。
今の私は笑っていない。
だから、彼女は私を心配しているのだ。
ふにゃっと笑って、伊予弁でボケて、明日からは、何事もなかったかのように付き合いを続ける。
そう。
祭りのあとも、やることは山積みなのだから。

でも。

それでいいの?
ずっと便利に使われて、いざという時には雑に扱われる、そんな人生で本当にいいの?

私は副会長の手首を掴んでいた。

「訂正してください。お願いします」
「はあ?」

副会長が嫌そうに顔をしかめる。

「図書券も、申請も、皆さんの担当でしたよね。どうして嘘をつくんですか」
「何深刻になっとん。鬱陶しいなあ」
「まあまあ、喧嘩はやめんかね」

町内会長が、けだるそうに言った。

「これは私たちの問題なんです」

私は3人の顔を、順繰りに見た。
濡れ衣を着せられたのが辛いんじゃない。
彼女たちの姿勢が解せないのだ。

「お願いだから失望させないでください。私たち、せっかく出会った仲間じゃないですか」

ヒートアップしすぎてしまい、公民館の和室はしん、と静まり返った。

「仲間やなんて思ったことは一度もないわ。下手くそな伊予弁、虫唾が走る」

副会長が私を睨みつける。その顔には憎しみめいたものが浮かんでいて、私は愕然とした。

(そうか……この人たちは、最初から嘘をついていたんだ)

子ども会に入ったら友だちが出来る。そんな戯言を、私は心の片隅で信じていた。
しかし、彼女らは、端からそんな気持ちなんてなかった。
事情を知らないよそ者に、面倒を押し付けたかっただけなのだ。

私は彼女たちが好きだったのに。

そう。夫のことも、浮気相手のママ友も、ずっとずっと好きだった。
それなのになぜ、いつも歯車が狂ってしまうのだろう。
ぞっとするような孤独に見舞われた。広い宇宙にたった一人、放り出された気分だ。

と、その時、聞き慣れた声がした。

『……じゃあ、図書券は私が担当するわ』
『警察への連絡は私な。それ以外のことは全部会長がやるんやで。ちゃっちゃとな。ボケとんじゃないで』

祭りの担当決めをしていた時の、書記と副会長の声だ。
ハッとして横を見ると、娘が、唇をきゅっと結び、スマホを私たちに向けて突き出していた。
続いて初期のミーティングの音声が流れた。

『そりゃ、会長の仕事やろ。一人でちゃっちゃと済ましてや』
『私らフルタイムで働きよるんよ。パートのあんたみたいに暇やないんで。それともなんか文句ある? 言いたいことがあるんなら、ちゃっちゃとお言い!』

娘はスマホをタップすると、仁王立ちのまま、舐めるような視線で3人を見た。

「これが真実。ボケとんのはどっち? おばちゃんたち」

一瞬の沈黙の後、副会長が立ち上がった。

「録音しとったんか! いやらしい子どもやな……!」

スマホを奪おうとする副会長を娘はきっと睨む。

「ママは文字を読むのが苦手だから、録ってただけ! 話をそらさないで。おばちゃんの嘘つき!」

凛とした表情だ。大人たちが気圧されている。

「もうええやないか。終わったことやし」

町内会長が、うるさそうに言った。

「よくない!」

娘は続けた。

「ママは自分のこと馬鹿だ馬鹿だって言ってる。文字も読めないし、記憶力も悪いし、説明も下手だし、嫌なことされてもいつもヘラヘラしてるし、どうだかなあ、って思うことは私もある。だけど、そんなママに全部仕事をおっ被せて、おばちゃんたちは楽をしてたんじゃないの? それなのに自分の罪を他人になすりつけるわ、バレバレの嘘ついて平気だわ、どうなってんの? それでも大人 ?」

娘は、副会長に歩み寄り、 静かに尋ねた。

「ママに言うべき言葉があるよね。なんだか分かる?」
「はあ?」
「わからないなら教えてあげる。『ありがとう』だよ」

しん、と宴の場が静まり返る。
そして突然まばらな拍手が聞こえてきた。
役員の息子、騎士たちだ。自分の親がやり込められたというのに、うっとりとした目で娘を見ている。

「帰ろ。ママ」

突然声をかけられて私ははっとした。

「う、うん」

私はみんなに頭を下げ、あたふたとその場を抜け出した。
我にかえったのは、自転車置場についた時だった。
私は、真っ赤な赤鬼みたいな3人の顔を思い出し、ふふ、ふふ、と笑ってしまった。

「何、ママ。気持ち悪い」
ぎょっとしている娘を抱きしめる。

「や、おかしくなっちゃって。さっきまで何を悩んでたんだろ。私、こんなに幸せなのに」
「ママ?」
「ありがとうね」

「あのう」

後ろから誰かに声をかけられた。
振り向くと、町内会の若い女性が立っていた。

「子供会の会長さんですよね。 御神輿担いでる時、すごく生き生きしてて素敵でした。お世話してくれて本当にありがとうございました」

「あ……」

唐突すぎて私は言葉を失った。 娘がニコニコ顔で私を見ている。

「いやいや、当たり前のことですけん」

ふにゃっとした笑みが浮かびあがる。
心からの笑顔だった。

(終わり)






《今週の作家》
渡辺ことり

[プロフィール]
作家。松山市民演劇NEO第4回公演「松山ラプソディ」脚本担当。別名義で恋愛小説、恋愛ゲームシナリオなどを執筆。「物語で人生を豊かに」がキャッチフレーズ。
2017年から2019年にかけて「小説もくもく会」「映画勉強会」「140字小説のワークショップ」など、「物語を作る人、楽しむ人」を増やす活動を展開。また、ボイスドラマや朗読動画の作成など、創作物語を活かす方法を模索、小説を書きあぐねている方々に向けての情報発信を行った。ヒグマ、シャチ、ホオジロザメ、デジタルガジェット、ITツールが好き。仕事柄、恋愛及び女性心理を研究している。
「えぷりショートショート」では、既存のブログ記事を小説にリメイクする、という試みにチャレンジ。物語とは誰かに差し出す花だと信じ活動中。

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